西村 進(にしむら すすむ)略年譜
年号 年齢 事項
明治41年

1908

1

京都に生まれる(3月28日)。
大正15年

1926

19

京都市立美術工芸学校卒業(卒業作品「電灯具装飾図案」本館蔵)。
昭和3年

1928

21

京都高等工芸専門学校図案科卒業(卒論「絶対映画」)。日活入社,徳永フランクの助監督を努める。
昭和4年

1929

22

一年あまりで日活を退社。立命館大学心理学教授の内藤耕次郎(内藤湖南子息)と絶対映画を自主制作,作品はドイツへ渡る。
昭和5年

1930

23

名古屋製陶入社。輸出陶器のデザインに従事。
昭和18年

1943

36

輸出が止まり,図案部縮小に際し部長として抵抗するが,部は解散する。
昭和19年

1944

37

大阪林寺小学校の図画の専任教師となる。大阪浪速女学校の図画の教師となる。応召され満州へ赴く。
昭和22年

1947

40

シべリア抑留より帰還(5月)。
昭和23年

1948

41

京都市染織試験場図案部へ就職(6月)。
昭和33年

1958

51

京都市染織試験場退職(3月)。図案家として独立。
*以後,京都デザインコンクール,日本繊維意匠センターコンクール,京都クラフトセンターの審査委員を勤める。
昭和37年

1962

55

評論「アイデアの化粧法」(「ColorDesign」62/10)発表。
昭和38年

1963

56

評論「日本の伝統と文様」(「ColorDesign」63/07)発表。
昭和42年

1967

60

作品展(山一証券ビル)開催。
昭和48年

1968

61

作品展(山一証券ビル)開催。
昭和49年

1974

67

対談(西村進/粟辻博)「テキスタイル・デザイナーとして」(「ColorDesign」74/2)掲載。
昭和53年

1978

71

京都府工芸美術総合研究会意匠部会委員となる。図案家を廃業。
*以後,シルクスクリーン等の創作活動に入る。
昭和60年

1985

78

第1回個展(ホテルフジタ)開催。
昭和63年

1988

81

第2回個展(江寿画廊)開催。
平成2年

1990

83

病に臥し,創作中断。
平成5年

1993

86

創作再開。
平成10年

1998

91

脳梗塞で倒れる(8月)。
平成12年

2000

93

京都にて歿す(9月7日)。


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