楽 宗入
らく そうにゅう
寛文4年(1664)〜享保元(1716)
千家十職のひとつである茶碗師楽家の五代。雁金屋三右衛門の子として生まれ,楽家四代一入の婿養子となる。尾形光琳・乾山とは従兄弟にあたる。初名平四郎,後に惣吉に改める。元禄4年(1691)28歳で五代吉左衛門を襲名。宝永5年(1708)剃髪隠居し,表千家六代覚々斎宗左から五代随流斎宗佐の宗字を受けて宗入と称した。千利休への敬慕が強い当時の茶風を反映して,利休茶碗である長次郎風への回帰を強め,カセ釉と呼ばれる光沢を抑えた黒釉を考案した。正徳3年(1713)半白の祝いに黒碗200碗を焼き「宗入二百」と称されている。
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