岐美 竹涯
みちよし ちくがい
明治11年(1878)~昭和14年(1939)
本名清。初め朝山を姓としたが、明治34年(1901)8月に岐美家の養子となり改姓。朝山家は九条家に仕える家で、その次男として生まれた。同30年(1897)京都市美術工芸学校図案科を卒業。谷口香嶠に師事する。明治32年(1899)から翌年まで京都市美術工芸学校の助手をつとめ、39年(1906)再び同校図案科の助手にもどり、翌年助教諭となる。大正9年(1920)同校の教諭に昇任し、京都市立絵画専門学校の嘱託教員もつとめ、同14年(1925)退任した。
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